今日、1月9日は何の日かご存知ですか?
実は「風邪の日」なんです。🤧✨
「どうして1月に風邪の日なの?」と思うかもしれませんが、その理由は江戸時代まで遡ります。
今日は、江戸っ子たちを恐怖(と少しの洒落っ気)で包み込んだ流行病
「御猪狩風(おいかりかぜ)」
と、最強の横綱にまつわるちょっぴり切ないお話をご紹介しますね。☕️🌿
❄️ 1月9日は「風邪の日」。その由来は最強の力士!?
まず、なぜ今日が「風邪の日」なのか。
その主役は、江戸時代に実在した伝説の横綱・谷風梶之助(たにかぜ かじのすけ)です。🏆
谷風は、なんと「63連勝」という驚異的な記録を持つ、当時最強の力士でした。
体格も大きく、人望も厚かった彼は、まさに江戸のヒーロー!✨
そんな彼が、常々こう語っていたと言われています。
「土俵の上でわしを倒せる者はいない。もし倒れることがあるとすれば、風邪にかかった時くらいだろう」
この強気な発言が、のちに悲しい現実となってしまいます。
寛政7年(1795年)1月9日、当時44歳だった谷風は、猛威を振るっていたインフルエンザに罹り、現役のままこの世を去ってしまったのです。😢
この衝撃的なニュースから、人々はその流行風邪を「タニカゼ」と呼ぶようになり、彼の命日である1月9日が「風邪の日」として語り継がれることになりました。
🐗 幕府の大行事が引き金?「御猪狩風」の正体
谷風の命を奪った「タニカゼ」ですが、実はもう一つの名前がありました。
それが「御猪狩風(おいかりかぜ)」です。🌪️
この名前の由来は、ちょうどその頃に行われた幕府のビッグイベントにあります。
時の将軍・徳川家斉(いえなり)が、千葉県の小金原で数十年ぶりとなる大規模な狩猟行事「小金原御鹿狩(こがねはらおししかり)」を執り行ったのです。
数万人の勢子(せこ)を動員し、シカやイノシシを追い詰める様子は、江戸中の注目の的!👀
ですが、この華やかな行事の直後から、江戸の街で爆発的にインフルエンザが流行し始めました。
そこで江戸の人々はこう呼びました。
「将軍様の『御猪狩(おいかり)』の時に流行った風邪だ」
あるいは、
「あまりに殺生をしたから、神仏の『御怒り(おいかり)』に触れたのだ」と……。
😱 「袖にイノシシの毛が…」江戸を震撼させた祟りの噂
当時の人々にとって、目に見えないウイルスによる感染症は、何よりも恐ろしい「祟り(たたり)」に感じられました。
特に「御猪狩風」にまつわる噂話は、現代の都市伝説のようにリアルで不気味なものだったんです。👹🐗
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枕元に広がる獣の毛: 「朝起きると、病人の枕元にイノシシの剛毛が散らばっていた」
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着物の袖に刺さる毛: 「風邪をひいた人の袖を見ると、いつの間にかイノシシの毛がびっしり刺さっていた」
こんな話が真面目な記録に残っているほど、当時の人々は「殺された動物たちの怨念が病を運んできた」と本気で信じて怯えていたのです。
たしかに、数千、数万という命を一度に奪う大狩猟の後ですから、人々の心には「悪いことが起きるのでは……」という罪悪感や不安が芽生えていたのかもしれませんね。😔
⛩️ 江戸っ子の知恵?ユニークすぎる「風邪除けおまじない」
現代ならワクチンや薬がありますが、江戸時代の人々ができることは「神頼み」と「おまじない」でした。🙏
「御猪狩風」はイノシシの祟りだと信じられていたため、当時の人々が編み出した対策がとってもユニークなんです。
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「私は関係ありません」アピール: 門口に「私は狩りには行っていません」「鉄砲は持っていません」と書いた紙を貼る。
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逆さまの「南無阿弥陀仏」: 仏様の力を借りるため、あえて名号を逆さまに貼って魔除けにする。
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食べ物で対抗: 「タニカゼ」という名前にちなんで、あえて精のつくものを食べて「力士のように強くなろう」と願う。
おまじないといっても、そこには江戸っ子らしい「辛い状況さえも笑いや洒落に変えて乗り越えよう」というタフな精神が見え隠れします。😊🌸
🍀 最後に
「御猪狩風」や「タニカゼ」のエピソード、いかがでしたか?
現代の私たちから見れば「イノシシの祟り」なんて少し不思議に聞こえるかもしれませんが、大切な人を守りたい、不安な気持ちを何とかしたいという願いは、今も昔も変わりませんよね💖
今日1月9日は、最強の横綱・谷風を偲びつつ、私たちもしっかり暖かくして過ごしましょう🍵🍊
温かい生姜湯でも飲んで、風邪に負けない体づくりを心がけたいですね!




